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「マインドハンター」は何がすごいのか?鬼才フィンチャーの衝撃作<シーズン1評>

厳選!ハマる海外ドラマ

マインドハンター
Netflixオリジナルドラマ「マインドハンター」

 デヴィッド・フィンチャーが、犯罪者プロファイリングを題材にNetflixで新たにドラマを手掛ける(正確には製作総指揮とエピソード監督4話を務める)。と聞けば、期待せずにはいられないし、怖気をもよおすサイコサスペンスを期待して『セブン』(1995)を想定するかもしれない。でも、ふたを開けてみれば、とても静かな始まりで、淡々と会話劇が進む。このジャンルに長年君臨する「クリミナル・マインド FBI行動分析課」(2005~)のようにまず陰惨な事件が起こり、異常なシリアルキラーやサイコパスを敏腕プロファイラーたちが追い詰めていくといった展開にはならないし、ドラマ「ハンニバル」(2013~2015)のような猟奇的でグロいシーンも出てこない。にも関わらず、この題材に対して「こう来たか!」とのっけから視聴者は心地よく完敗ムードに酔いしれ、第1話が終わる頃には早くも敗北宣言するしかないって、何がそんなにすごいのか。

 結論から言えば「マインドハンター」は、これまでのシリアルキラーもののドラマの方法論、定石を拒否し、野心的で自信に満ち溢れた確信犯として新機軸を打ち出すことに成功した。このジャンルで残酷描写が少ないのも画期的だ。ご承知の通り米ドラマの過激描写は天井知らずで、それこそ前述の「ハンニバル」あたりになると、猟奇的な殺人の見本市のようなもの。とても地上波の作品とは思えなかった。「マインドハンター」はその波にもあえて抵抗しているように受け取れる。ドラマは、1972年にFBIに行動分析課が設立された後の設定。FBIの若き捜査官フォード(ジョナサン・グロフ)と行動分析課のベテラン捜査官テンチ(ホルト・マッキャラニー)が組んで、1970年代後半から本格的にプロファイリングの手法を犯罪学として確立させていく過程を描いていく。

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マインドハンター
『エイリアン3』『ファイト・クラブ』などで度々フィンチャーと組んできたホルト・マッキャラニー、『FRINGE/フリンジ』のアナ・トーヴらキャストの顔ぶれも◎

 言うまでもなく、現在の犯罪捜査ドラマや刑事ドラマ、サスペンスのジャンルにおいて、犯罪者プロファイリングは必須の要素。何かしらの形で相手の心理を読み、犯罪解決の糸口を見つけ、犯人の一歩も二歩も先をいく捜査を行い、敵ばずば抜けた知能を持つシリアルキラーやサイコパスだったりする。普通に作ればそれなりに面白い娯楽作になり得るのだが、それゆえ他作品との差別化が難しい。1話で一つの事件を解決する王道ドラマには王道の面白さがあるのだが、“シリアルキラー”という名称を生み出された瞬間から、いかにしてプロファイリングが犯人逮捕、事件解決に有効であるかを証明していく過程を全10話で、犯罪心理学のイロハを論理的に啓蒙しながら描くという視点に第一の面白さ、新味がある。

 そもそも、わたしたちが思い浮かべる犯罪者プロファイリングのイメージがどこから来ているかといえば、「羊たちの沈黙」だろう(現在からみればプロファイリング自体は「シャーロック・ホームズ」、あるいはそれ以前の昔からあるとして)。本作のベースとなっているのは、元FBI行動科学課の捜査官ジョン・ダグラスマーク・オルシェイカーの共著であるノンフィクション「マインドハンター FBI連続殺人プロファイリング班」。フォードのモデルはダグラスだが、1990年代に流行ったノンフィクション「FBI心理分析官」の著者で行動科学課初期の主要メンバーであるロバート・K.レスラー(ポジション的にはテンチか)でもあり、他の当時の行動科学課のメンバーの複合体とみるべきだろう。

マインドハンター
若き天才捜査官フォードを演じるのは「Glee」のジェシー役で人気を博したジョナサン・グロフ。180度異なるイメージに驚かされるはず

 日本ではレスラーがよく知られていると思うが、「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ 汝が長く深淵を覗き込む時、深淵もまた等しく汝を覗き込んでいる」(ニーチェの「善悪の彼岸」からの引用)が座右の銘。作家トマス・ハリスに情報を提供したのはこのレスラーで、ハリスが執筆したシリーズの映画化「羊たちの沈黙」などのクロフォード捜査官のモデルはレスラーだとされているが、ハリスがキャッチーなところをかなり膨らませて小説にしたことは、改めて原作を読むとよくわかる(それが小説家というものだろうが)。レスラーもダグラスも、あくまでもプロファイラーは各地の警察の後方支援であり、捜査協力を行うのであって、自分たちが出張って犯人を取り押さえるなんてことはないのだと主張している。地道で地味な活動こそがダグラスたちの仕事なのだと。「マインドハンター」は原点に戻って原作に忠実に描くことによって、同ジャンルに新しい道を示している。平たく言えば、そもそもこちらが現実に近い姿なのだ。

 映画『Jの悲劇』(2004)や『ザ・ロード』(2009)などの脚本家で、本作のクリエイターであるジョー・ペンホールをメインとする脚本は、洗練された何気ない会話劇に醍醐味があるのだが、ラストでちょっとでも居心地の悪さを感じたとしたら、それこそがペンホールたちの狙いでありフィンチャーのビジョンでもあるだろう。私たちもまたフォードと同じく犯罪者にカリズマ性を見出し魅了され、犯罪者の心理を理解できるかのような錯覚に陥っているかもしれないからだ。そして、そんなファンタジーは劇的な形で打ち砕かれることの衝撃にしばし呆然となる。フォードのように悪を防ぐために悪を理解しようとする善なる人間が、気づいたら闇に引きずり込まれていたというテーマもまた同ジャンルにおいては定番中の定番。なのに、あまりにも簡単に本作の視聴者がこの仕掛けにハマってしまうのは、どうしてなのか。

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シーズンを通じてのキーとなるフォード捜査官とエド・ケンパーの面会シーンは毎回すさまじい緊迫感

 それはかつてないほどの圧倒的なリアリズムのなせる技に他ならない。視聴者がフォードの目を通して、まるで目の前に実在の殺人鬼と対面しているかのような錯覚を起こす臨場感、空気感は、過激な残酷描写がなくとも十二分に刺激的すぎる。というか、これヤバいんじゃないの? という気持ちでいっぱいになるほどのリアリズムに寒気。演じるグロフの奇妙に感情が読みにくいキャラクター造形はどこか不気味で、さほど親しみを感じるものでもないと思われるが、視聴者がフォードと感情の流れを共有する一連の流れは作り手が生み出すリアリズムによって巧みに誘導されている。これってまるで視聴者自身が、作り手にプロファイリングされているかのよう。頭のいい人たちの仕事は本当に怖い。ちなみにフォードのように探究心で突っ走る人間が深みにハマるといった展開に、時代物の背景の凝ったVFXの使い方も含めて、本作はフィンチャーの作品でいえば『ゾディアック』(2006)がもっとも近いと思う。

 序盤はゆっくりと始まり、じわじわと溜めを効かせてラストでみぞおちにドスっとパンチを食らう。本作のように全10話を通してじっくりと事象を重ねていくやり方と、1話1話を従来のテレビのフォーマットで語ることのどちらが良いか悪いかは一概には言えないが、映画の手法をドラマに持ち込みながら1時間ドラマのフォーマットがきっちりと生かされた「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(2013~)と、本作での試みを考えると、フィンチャーはつくづくドラマをよく研究して挑戦を続けていると思う。本作では比較的キャリアの浅いスタッフを起用し、フィンチャーの世界観をきっちりと踏襲させているが、ここから見どころのある人材が育っていくのかもしれない。それもまた楽しみだ。

 フィンチャーやペンホールらの出発点となった連続犯罪者への好奇心、題材に対する興味は、なぜ彼らは1度目の犯行で捕まらずに犯行を重ねることができたのか? である。その答えはもちろん簡単に語れるものでもないのだが、とりわけ実在の連続殺人鬼エド・ケンパーの描写にひとつの解釈を見ることができると思う。フォードとケンパーの間に漂う空気はあまりにも自然で、ふと気づくと隣にいるようなケンパーの現実味こそが最大の恐怖。魅力的な紳士ハンニバル・レクターやエキセントリックな殺人鬼ではなく、社会に紛れ込んでいるごく普通に見える人間がおそろしいのだと、心の底から思わずにはいられない。

「マインドハンター」(原題:Mindhunter)
92点
ミステリー ★★★☆☆
サスペンス ★★★★☆

視聴方法:
Netflixでシーズン1が独占配信中

今祥枝(いま・さちえ)映画・海外ドラマライター。「日経エンタテインメント!」「女性自身」などで連載。当サイトでは名画プレイバックを担当。作品のセレクトは5点満点で3点以上が目安にしています。Twitter @SachieIma

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