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心の奥から聞こえてくる、人生を変える秒針音『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』

厳選オンライン映画

今観たい最新作品特集 連載第3回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は今観たい最新作品特集として全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

チック、チック...ブーン
Netflixオリジナル映画『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』独占配信中

『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』Netflix
上映時間:115分
監督:リン=マヌエル・ミランダ
出演:アンドリュー・ガーフィールドアレクサンドラ・シップほか

 この世の人は、誰もが心の中に「チクタク爆弾」を抱えて、毎日を生きている。

 その秒針の音は、日々の些細な行動の中で不意に聞こえてくることがあるだろうし、ある晩の寝床でふと「これで良かったんだろうか……?」という思いと共に聞こえてくる時もあるかも知れない。いずれにしろ頭の奥で「チクタク、チクタク……」という音が鳴り始めたら、要注意だ。その時限装置が文字通り「タイムリミット」を迎えるまで、感情のエンジンはフル稼働を始め、時として人生を決定的に変えるような「行動」を起こさずにはいられなくなる。

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チック、チック...ブーン
Netflixオリジナル映画『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』独占配信中

 1996年に初上演されて以来12年間以上のロングラン公演を記録し、その後のブロードウェイの歴史を変えたミュージカルの名作「レント」を生み出しながら、開幕日の寸前に急逝した伝説的なミュージカル作家、ジョナサン・ラーソン。『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』は、彼の下積み時代の葛藤と成長を、その未熟さも含めて丸ごと抱き締めるような情熱と慈しみ、そして素晴らしい歌の数々でつづった、世界中のクリエーターに捧げる心のこもった賛歌だ。

 ニューヨークの片隅で、貧しいながらも頼れる友人たちと恋人に恵まれ、何より自身がミュージカル作家としてたぐいまれな才能を授かりながら、30歳の誕生日を前に年齢の節目から生じた「焦り」に心を侵されるラーソン。彼は8年間も温めてきた自作ミュージカル曲の関係者に向けた初披露を前に、作品内で要となる一曲を仕上げることができないまま、日々を無為に過ごしてしまう。頭の中で次第に大きくなる「チクタク、チクタク……」の秒針音と共に、壊れていく恋人や親友との関係、そして困窮しながら続けてきた「アーティスト」として生きる意味への疑問。彼はそんな困難を乗り越えて、念願だった作品を完成させることができるのか。

チック、チック...ブーン
Netflixオリジナル映画『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』独占配信中

 本作のベースは、ラーソンが自身の過去を振り返っての「どん底期」の経験を基に描いた音楽劇(実際にミュージカル「tick, tick... BOOM!」は、1990年に彼自身の主演で上演されている)だ。舞台で演じているラーソンが当時を回想し、さらに回想の中で彼がミュージカル世界での自分の姿を空想する……という「舞台=回想=空想」という三層をシームレスに行き来しながら、ミュージカル映画ならではの「現実」と「虚構」が幾重にも重なった、悲喜こもごものハーモニーを奏でる構成となっている。

 そんな物語世界をまるで「水を得た魚」の様に、生き生きと駆け回るラーソンを演じたアンドリュー・ガーフィールドの存在感が、とにかく筆舌に尽くしがたいほど素晴らしい。今回ミュージカル映画への出演は初挑戦ながら、音楽こそが彼の「天命」だったのではと思えるほどの軽やかなピアノ演奏と歌声を披露し、ラーソン本人が抱えていた人生に対しての恐怖や孤独、そして抑えきれないエネルギーの放出を全身で「飲み込む」かのような情熱を持って演じ切っている。今年で39歳となるガーフィールドにとって、間違いなく本作での熱演は彼の俳優としての大きな分岐点となるだろう。

チック、チック...ブーン
Netflixオリジナル映画『tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン!』独占配信中

 監督は、長編映画の初監督を務めたリン=マヌエル・ミランダ。2021年に映画化もされた自伝的ミュージカル「イン・ザ・ハイツ」で注目され、2015年には脚本と作詞作曲、主演を務めた「ハミルトン」で、ブロードウェイの歴史を塗り替える称賛と人気を獲得した、今や演劇、映画の境界線を越えて活躍を続ける俳優&ミュージカル作家だ。彼が高校時代に観劇したことで途方もない衝撃を受け、その後にミュージカルへの道を志すきっかけともなったという「レント」という作品は、一体どんな作家の経験と感情のうねりを経て生み出されたのか? 同じミュージカル作家としての疑問が、ミランダの創作意欲を刺激したことは想像に難くない。

 ミランダ監督は、本作を通して「レント」の根幹に流れていたラーソンの愛した友人や恋人、そしてニューヨークという街への思いをひも解くことで、彼が後に偉大な作品を生み出すことになるインスピレーションの「源」を、画面に焼き付けている。それは言うまでもなく、ミランダ自身が多大な影響を受けながらも一度も言葉を交わすことができなかった「恩人」であり、世代を超えた「同志」でもあるラーソンへの共感と謝辞とも重なって見えてくるはずだ。

チック、チック...ブーン
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 本作が万感の思いを込めてつづる、境遇や人種の壁を超えて普遍的に響く「音楽」と「言葉」の持つ大きな力の可能性、そして「正解」など誰にもわからない「創作」という未知の世界に足を踏み入れていくことへの、言いようのない興奮。人によっては映画を観た後、心のどこかであの「チクタク、チクタク……」という音が聞こえてくるかも知れない。貴方はその秒針音にどう反応し、どう行動するのか。エンディングで最高の演奏と共に弾ける演者、そして彼らを見つめる観客たちの笑顔の先には、そんなわれわれへの「問い」が含まれているような気がする。(文・Takeman、編集協力・今祥枝)

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